奈良観光の未来をデザインする
《つながり》の中の奈良を見せる工夫を!
遠藤英樹 奈良県立大学

分断している奈良県北部・中部・南部
 奈良県は現在、少子高齢化が進んでおり、合計特殊出生率は平成20年で1. 22と全国で3番目に低い値となっている。そのため過疎化がどんどん進んでお り、地域として危機的な状況にあると言える。しかも、奈良県北部に位置する奈 良市、生駒市と、中南部に位置する桜井市、橿原市、天理市、明日香村、吉野町 、十津川村といった地域との間に地域格差が拡大している。

 人口規模で言うと、平成21年10月で、奈良市の人口が約36万5千人、 生駒市の人口が約11万7千人であり、2市のみで県の36.5%の人口を抱え ていることになる。それに対し、中南部に位置する桜井市の人口は6万2千人、 橿原市12万4千人、天理市7万1千人、明日香村6千人、吉野町9千人、十津 川村4千人で、南部へ行くほど過疎化は非常に深刻な事態となる。

 人口の面ばかりではない。所得や就業機会など、多くの側面で奈良県北部と中 南部の地域格差が深まっており、これら地域の分断は奈良県が頭を悩ませる課題 の一つになっている。

めぐまれた観光資源
 観光資源についてはどうだろう。観光資源にも、地域格差があるのか。たしか に奈良県北部は豊かな観光資源にめぐまれている。しかし中南部も、それに充分 比肩しうるほど、観光資源にめぐまれていると言えよう。

 たとえば奈良北部の奈良市周辺には奈良公園、東大寺、興福寺、春日大社、な らまち、平城宮跡、西の京が、斑鳩町周辺には法隆寺があり、「古都奈良の文化 財」「法隆寺地域の仏教建造物」として世界遺産にも指定されている。だが中部 にも、橿原神宮、山の辺の道があり、石舞台古墳や藤原宮跡などの史跡も多い。 今井町では江戸時代のまちなみが残されており、まち歩きを楽しめる。さらには 、明日香村では美しい棚田も広がり、人と自然が調和した風景を観光できる。南 部には桜で有名な吉野があり、美しい山や川、深い谷などの勇壮な自然の広がる 大台ヶ原や十津川村がある。しかも南部は、「紀伊山地の霊場と参詣道」として 和歌山県とともに世界遺産に指定されている場所だ。

 観光資源には地域格差は見られない。奈良県は北部、中部、南部すべてにわた り、実に豊かで多様な史跡、文化財、自然が広く点在する地域なのである。

つながり合う奈良
 しかも奈良県の観光資源の多くは、実は、深くつながり合いながら存在している
 いにしえの都に思いをはせるだけでも、そのことがすぐ分かる。現在、奈良市 で平城宮跡の復元がすすめられているが、平城京をきちんと観光しようと思った ら、それ以前の都であった飛鳥浄御原宮、藤原京のことを知らなければならない 。明日香村にあるキトラ古墳も同様である。この東西南北の四壁の中央には、四 神の青龍、白虎、朱雀、玄武が描かれていることで有名であるが、これは四神相 応(しじんそうおう)という、東アジア圏において伝統的に信じられてきた地勢 や地相に関する考え方にもとづいている。これが、平城京のつくりかたにおいて も反映されている。

 神社・仏閣もまた、つながり合っている。興福寺が藤原氏の氏寺であり春日大 社と密接に関連していることからも、当時の仏教思想が神道思想と切り離すこと のできないものであったことを理解できるが、奈良県南部にある「紀伊山地の霊 場と参詣道」も神仏融合思想についてふまえておくと、観光したときにたっぷり 楽しめるようになる。

 奈良県では北部、中部、南部がつながり合い、文化と自然、仏教と神道、ある 時代と次の時代、日本とアジアが、その〈つながり〉の中で渾然一体となってい る。私たち近代人はものごとを分類することにならされており、何事もついバラ バラに分析的に見てしまうが、民俗学者・折口信夫によると古代人たちは決して そうではなかったと言う。私たちも古代人と同じように、奈良を〈つながり〉の 中で見てはじめて、観光したときに奈良を深く楽しめるのではないだろうか。

平城遷都1300年祭を起爆剤に
 だが現状はどうか。観光資源に地域格差が見られず、北部、中部、南部すべて にわたって豊かで多様な史跡、文化財、自然が広く点在しているにもかかわらず 、それらはやはり分断されてしまっているのはないか。東大寺へ行っても、その 周辺を観光して終わる。奈良県中南部も同様で、吉野に桜を見に行っても、その 後に飛鳥浄御原宮へ行ったり、平城宮跡へ行ったりはしない。だが、観光客に深 く奈良を楽しんでもらうためにも、私たちは今後、〈つながり〉の中の奈良を見 せる工夫をしていくべきだろう。

 そのためまず必要とされるのは、交通網の整備だ。奈良県は公共交通機関をつ かうと南北に非常に移動しにくい。そこで、JRや近鉄の相互乗り入れを積極的 に行ったり、バスの連結を積極的に行ったりして、観光客が南北に移動しやすい かたちにしていく必要がある。ほかには、質的に充実したホテルや旅館などの宿 泊施設の整備も、重要である。これだけ豊かな観光資源が存在しながら、質的に 充実した宿泊施設が少ないために、他府県へ観光客が宿泊せざるを得ない場合が 少なくない。とくに奈良県中部や南部では、宿泊施設の整備が緊急の課題である はずだ。

 これらインフラ整備をしつつ、〈つながり〉の中の奈良を掘りおこす。平城遷 都1300年祭をその起爆剤にしていけるかどうか。奈良観光の未来は、ここに かかっている。