鵜の目と鷹の目(11)
動物の時間・人の時間
ジャーナリスト    
   橋 本 裕 之
 民主党の公約の中で不人気ナンバー1なのが「高速道路の無料化」だ。反対の理由はいろいろだろうが、渋滞によって高速道路ならぬ低速道路″になってしまうことが大きいだろう。
 諸外国の高速道路は一般道と同じく無料が一般的だが、皆が自由に休暇を取るお国柄と、一斉休日にドッと行楽や帰省に繰り出す我が国とでは事情が異なる。
 高速道路の価値は言うまでもなく「高速」にある。特急列車は速さを買うためにわざわざ高い特急券を購入するわけで、道路もノロノロだと無料でも何の価値もない。スピードが必要な人は別の交通手段を探さざるをえない。
 良いかどうかは別にして時間とスピードは現代社会ではとてつもない価値を持っている。
 ついでに言えば、政党の公約は一字一句墨守するようなものではないはず。多数を取ったと言ってもあくまで比較多数で、反対党に票を入れた人も大勢いる。民主党に入れた人でも、公約のAとBは良いがCは反対という人も少なからずいたはずだ。改めて反対意見を考慮して政策を実行すべきで、かたくなに「公約は国民への約束」などと気色ばむ向きもあるが、それでは「公約に掲げてあれば何でもやっていい」ということになってしまう。どうもこの国の政治家たちは子供じみてていけない。

「忙しいは」 恥ずべき言葉?

 話を戻そう。現代人にとって時間の価値は計り知れないが、万人に平等なはずの時間が人によって違っている。使い方次第で時に雲泥の差が出てくる。
 イギリスの歴史・政治学者パーキンソンの著『パーキンソンの法則』には「仕事は与えられた時間一杯まで拡大する」という有名な言葉がある。つまり、時間を上手に区切って手際よくやれば逆に余裕が生まれ、趣味などに割く時間も生まれるということにもなる。
 反対に「忙しい、忙しい」と言って走り回っている人は、事の優先順位がつけられず仕事に追われ、部下の仕事にまで口をはさみ、雑事を背負い込んでますます身動きが取れなくなる。戦略不在で部下が育たない組織の典型だ。
 儒学者・佐藤一斎はその著書『言志四録』に西郷隆盛が心酔したことでも知られ、一斎門下には横井小楠や佐久間象山、さらに象山からは吉田松陰、勝海舟、坂本龍馬などを輩出した人物だが、その著『重職心得箇条』に「重職たるもの、勤め向き繁多という口上は恥ずべき事なり」とある。重職にある者が余裕なく忙しがるのは恥ずべきもので、それこそ小事にかまけて大事を見過ごすことになると忠告している。

人間本来の寿命は 26・3歳?

 少し前のベストセラーだが『ゾウの時間ネズミの時間』という本がある。動物生理学者(東京工大教授)の著者・本川達雄氏によると、動物は「体重の4分の1乗に比例」して時間が長くなるという。体のサイズが大きいほど心臓の鼓動も呼吸も筋肉の動きもゆっくりになる計算で、だからネズミはチョロチョロ、ゾウはノッシノッシとなる。
 つまり体重が2倍になると時間は1.2倍ゆっくりに、10倍になると1.8倍ゆっくりになる。ハツカネズミとゾウでは体重が約10万倍違うから、ゾウの時間はネズミの時間より18倍ゆっくりなわけだ。
 時間の18倍というのはすごい差で、映像を18倍スローで再生するとほとんど動いていないくらいで、逆に18倍速で早送りすると目にも止まらない動きになる。ゾウにとってネズミはピュッと一瞬に視界から消えるほどの存在なのだ。
 動物ごとに「時計」があるということは、寿命もほぼそれに比例している。ゾウもネズミも心臓は一生に15億回打って止まる。だから周期の早いネズミの寿命は2〜3年で、インドゾウは70年近く生きる。心拍数を時間の単位として考えるなら、どちらも同じだけ生きて死ぬことになる。
 では人間はどうか。その計算でいくと、人の寿命は26・3歳になるという。
 先ごろ日本人の平均寿命は女性86・44歳、男性79・59歳と報じられたが、この差は一体何だろう。
 火を使った煮炊きの技術や食料貯蔵など安定した供給の技術、歯を含めた医療技術の発達などによって、人間は飛躍的に長寿化したということだ。
 ちなみに縄文人の寿命は31年だったという推測値がある。15~16歳で子供をつくり、子育てを済ませて寿命を終えるというのが、人間という動物の自然なサイクルだったのだろう。
 スピード至上で急ぐばかりでは縄文人に申し訳ない。人生80年時代、生物としてのおまけの人生≠有意義に生きたいものだ。