鵜の目と鷹の目(10)
ハンディ 力!
ジャーナリスト    
   橋 本 裕 之
 このところの、この国の指導者を見ていると「やっぱり裕福な家に育った人間は駄目なのか」と思ってしまう。
 おなかが痛いと言って政権を放り出した岸信介元総理の孫の安部さん、「私はあなたとは違うんです」と言いつつ、やはり一年で放り投げた福田赳夫元総理の子の福田さん、失言と無知を繰り返しながら総理のイスにしがみついた吉田茂元総理の孫の麻生さん、そして月々1,500万円も母親から小遣いをもらいながら気づかなかったという鳩山一郎元総理の孫の鳩山さんと続けば、誰だってそうおもわざるをえない。
 そのひ弱さ、ひたむきさの無さ、無責任さ等がどこからくるのか、何らかの負の共通項があるのは否定できないだろう。
反対に、ハングリーな境遇やハンディを負った人間が、それをバネにして偉業を成し遂げたり大成功した例はたくさんある。
 もちろん、貧困や差別に押し潰される例は数多いから、それをバネにするには人知れぬ努力と才能と、そして運もあるが、少なくとも「試練が人をつくる」ということは確かなようだ。その点だけをもってしても菅新総理には期待する。

世界一職人の閃きと根性
 東京の下町で「世界一の職人」と呼ばれる岡野雅行氏も、そうした一人。超極細「痛くない注射針」など世界で始めの製品を次々生み出し、世界の大メーカーから米国NASAまでが仕事を頼みに押し寄せる。
 先ごろ縁あって同氏の本(『俺の感性が羅針盤だ!』こう書房)の取材構成を担当したが、岡野氏は今から中学中退で、「ないない尽くしだったからコンチクショウで頑張れた」と言う。そして「人と同じことをやってたら追い越せない。人と違うこと、できないことをやってきた」と語る。その人生ドラマには、エリート一族とは正反対の閃きと根性が溢れている。
 人間だけではない。企業にも「試練が企業を育てる」という例が少なくない。日本初のコンビエンスストア、セブン−イレブンの草創期は「何もないから知恵が出た」典型例だろう。
 コンビニは今や流通の主導的役割を担う存在だが、セブン−イレブン生みの親の鈴木敏文氏(当時イトーヨーカ堂取締役)が、米国で普及し始めていたコンビニ事業を提案したときは、社内外から「無理だ」「やめろ」の大合唱だった。
 理由は「スーパーマーケットが全国くまなく展開している中で、昔の十銭ストアみたいな小規模店なんか必要とされない」「現に商店街は衰退している」というものだった。業界関係者も学者も異口同音に否定論を唱え、総スカンの状態。営業担当役員からは「販売経験のない人間に何が分かる。経験がないから夢物語を言っていられるんだ」とまで言われたという。
 だが鈴木氏には、家電などの輸出産業が海外でシェアを伸ばしているのは規模の大小ではなく優れた生産性だという信念があった。
 結局、反対を押し切って米国サウスランド社との提携をまとめたが、期待した経営ノウハウは初歩的な店舗運営マニュアルばかり。マーケティングも物流も参考にはならず、改めてゼロから日本式のシステムを考えることとなった。

何もないから知恵が出る
 反対を押して着手した以上、イトーヨーカ堂には頼れない。資金は同社から七億円だけ借り、人は新聞広告で新規募集した面々。すべて小売業の経験のない素人集団の船出だったが、旧来の流通慣行に囚われない素人の知恵と発想が局面を打開していった。「経験がなかったぶん買い手の発想で業界常識のウソが見えた」(鈴木氏)という。
 それまで小売店が「夕方六時弊店・日曜休業」が常識だったのを「年中無休」にし、正月営業用の食品配送や複数メーカーによる混載・共同配送など、日本の流通史上初となる流通改革を次々に実行した。牛乳のメーカー共同配送では各社の配送経費が三分の一に縮減された。どれも「このままでは破綻する」という切羽詰った状態で考えついた知恵ばかりだった。
 おにぎり、弁当、おでん、浅漬けなど、今やコンビニを代表する商品群も「家庭で作れるものは売れない」という常識を覆したもの。誰もが食べるものだからこそ大きな潜在需要があるという脱常識商品であった。
 恵まれた環境や育ちの良さがもたらす利点は多いだろうが、総じて閉塞感を打ち破るのは逆境の中での「ハンディ力」だ。今人気の龍馬も身分の低い下士であったように、幕末維新の扉をこじ開けたのはハンディを負った下級武士層のパワーであったという事実は歴史の教訓だ。